いずみの部屋

いずみの部屋TOPへ戻る

放送テーマ

放送日
2018.09.28
テーマ
第98-99回 元・FMやまとパーソナリティの早川四郎さんです。千葉真理さんも登場です。
ゲスト
早川 四郎 氏 (はやかわ しろう)

対談内容

いずみ
早川さん、81歳には見えない若々しさですね。そして品の良い美声も変わっていないです。
21年前、FMやまと開局時の事務局長としても、ずっとお世話になっています。いわばFMやまとの育ての親です。見守って下さりありがとうございます。生まれは大和ですか?
早川
戦争で疎開をして厚木に、そして昭和20年から南林間に住んでいます。それ以来大和市民です。
昭和20年頃の南林間の駅はロータリーがあって道が整っていて、田園調布?のような感じでした。その頃から大和学園はありました。
昭和31年に大和市職員に、
昭和34年2月1日大和町から大和市になりました。
市にするのは大変なことでした。大和の歴史を残すために8ミリの映像を作りました。その時映像を教えてくださったのが、故・大和田建二先生でした。
市になる条件として、
・人口は3万人以上
・鉄道が走っている、駅がある
・教育の場がある:大和学園がありました
・社会教育の場がある:大和ドレスメーカー女学院、
 柏木そろばん塾
があったのです。本当にありがたいと思います。
いずみ
大和市になったときは大喜びしたのでしょうね。
早川
当時役場は今の保健福祉会館でしたが、商工業界と共にパレードをしました。砂利道を車や人がパレードしていたのを今でも覚えています。
いずみ
先ほどの故・大和田建二先生は、元・市立病院の小児科の先生で、自宅はこのシリウス近くでした。文化・芸術に優れていて、当校の校歌の作詞をして下さり音楽は素晴らしかったという話を聞きました。
その頃大和音楽愛好家協会といういわばサークル?ができて、当大和ドレスメーカー女学院の教室で大和市の職員や市立病院の看護師さんがコーラスの練習をなさっていたとか・・・今でもそのピアノは自宅にありますよ。
早川
片山綾子院長には昔から大変お世話になりました。
いずみ
昔からの「えにし」ですね。若い頃からハンサムでそのサークルでもモテモテだったとか。早川さんは広告塔だったようですね!
早川
いえいえ、恥ずかしくて冷や汗が出てきました(笑)
いずみ
話は変わりますが、FMやまとパーソナリティの千葉真理さんともずっとコンビを組んで番組を放送していましたが、本日千葉さんがスタジオにいらっしゃるので、3人で話をしませんか?


(千葉さん)
早川さんお久しぶりです!私が入局したとき、早川さんは事務局長でした。当時からハンサムで声もよくて(笑)
「足長おじさん」というニックネームでニュースも読んでいました。
それから番組を二人でやりました。たしか10数年前に「団塊アワー」という番組でした。それから「お茶の間ラジオ」を放送し、あれは画期的な番組でした。「かもちゃんの江戸川柳」のような面白いコーナーもありましたね。
早川
懐かしいですね。あの頃は若かった!
「まりと四郎のお茶の間ラジオ!」
いずみ
(千葉さん)
私が長男の嫁で、早川さんがしゅうと、のようなイメージでしたね。たまにお小遣いをくれる優しいお義父さん?でした。

(いずみ)
鬼ヨメの千葉真理、ではなかったでしょうか?
早川
とても心優しいヨメでした。FMやまとの楽しい思い出が一杯です。
いずみ
これからは健康第一で大好きなゴルフをなさって下さい。
たまには3人で放送をさせていただきたく、末永くよろしくお願い致します。